生きてるだけで万々歳
2025年も半分が過ぎました。
明日から7月。暑い夏がやってきました☀️
しばらくぶりのブログでの報告事項は、
「心療内科を(仮)卒業した」
という事です。
先月クリニックに行った際、睡眠薬無しで眠れる日が増え、夜中に起きないで朝まで眠れるし、家族の状況も好転してきたため不安が減ったことを伝えたところ、
「では、眠れるか心配な時だけ睡眠薬を飲んでもらうとして、次回の面談の予約は無しにすることもできますよ?それとも3ヶ月後とかに予定入れたいですか?」
と先生に聞かれました。
予約を入れないで大丈夫かな?と一瞬不安になりましたが、先生の口調からすると無しでもやっていけそうと言われた気がしたので、不安が強くなったり薬の処方が必要になったら連絡することに。
だから(仮)卒業です。
(仮)だけど、大きな進歩です。
ほっとしたのと同時に、逆戻りしないよう工夫していきたいなという気持ちかな。
2年前から書いたこのブログも、一旦終わりにしようと思います。
ただ、こうして心の状況が良くなるまでに色んな試行錯誤があったことを考えると、私の体験を書き残して誰かの役に立てたら良いなという気持ちがあります。
●大変さは人それぞれで、家族でさえ理解できないところがある
●早く暗いトンネルから出たくてもがくけど、回復には時間がかかる
●時間はどれくらい?も読めない。ただ、困ってることを伝えると助けてくれる人がいる
●回復の過程で、自分の思考のクセを知り、少しだけ変えることができる
●夜中に悩んでも大抵いい考えは浮かばない
●趣味が心の栄養となり助けになる
●自分を愛して、抱きしめて、褒める
●心の声をよく聞いて、疲れたら無理しない
●嫌な人には近づかない
●体力が無い時は人の頼みを断る勇気をもつ
ざっと浮かぶのはこんか感じです。
『嫌われる勇気』という本にも影響を受けました。
悩みのない人はいないと思います。
一つ超えたらまた次の試練、と続くものです。
でも、助けてくれる人がいる。
信じられる人がいる。
心配してくれる人がいる。
だから頼れるところは頼って、自分が笑顔になれるには?を探してやっていけばいいかなと。
真面目な人ほど鬱になると思います。
テキトーも許す。嫌なものから逃げる。
良い人と繋がる。を大事にしましょう〜
読んでくださりありがとうございました。
今年の夏から変わったこと
久しぶりの投稿。
気づけば10月。
暑い夏を乗り越えたと思いきや、今年もあと3ヶ月?!と驚いてしまう。
体調は悪くないかな。
9月に風邪をひいたものの、発熱までは至らず市販のお薬で治ったし、顔の肌荒れも起きてない。(去年と今年の春までは目の下に発疹ができて皮膚科通いが続き大変だった💦)
夜もほとんどの日が眠れる。
睡眠が浅くて夢ばかり見る日、歯軋りがひどくてマウスピースして寝る日もあるけれど、寝つきは良いし、ひどく明日を怖がることもなくなった気がする。
家族の心配事も「ほどほどに悩んで、後はあきらめる」ようになったのかなと。
【今年の夏からの変化】
①ジム通い
仕事も結局フルで働けないので低収入、その中から自分で支払うジム代は厳しいんだけど、運動して血流良くして体力つけたい!と思い週1-2回行ってる。
これが滝汗かいてリフレッシュできる!
②KPOPアイドルにハマる
娘が元々好きでいた男性KPOPアイドルのコンサートに、親子で出かけた(6月)のがキッカケ。
自分の転職が落ち着いてきた頃から、徐々にYouTubeなどSNS通じてさらにグループのことを知るようになり、「かっこいい!」と騒いでるうちにすごく心のエネルギーになった。
心療内科の先生に話したら、
「そういうのは脳の栄養になりますよね」
と言われた。
他の患者さんでも、テレビで見たバレーボール選手が好きになり、その人に会いたいと思う気持ちがうつ病の最悪期を脱するエネルギーになったというケースがあると教えてくれて、ひどく納得したのだった。
そういう出会いに感謝。
まだ肌荒れの後遺症もあり、鏡を見るたびに「4-5年前はこんな顔じゃなかったはず」と思って少し悲しくもなる。
でも、「私は少しずつ良くなってきてる、話を聞いてくれる人がいて、元気をくれる人がいる」て考えられるようになってきた。
毎日自分に「よくやってるね」て呟きながら過ごしている。
もう一度
私は自分の職歴が色んな業界に渡っていて、これがコンプレックスになっている。
元々大学生の頃に就職活動をした時は、一つの会社に長く勤めることが一般的なキャリア形成であったし、国家資格を持って活躍していた父親の様子を見て憧れた。一本の筋を通した職業人生こそ素晴らしいと思っていた。一方で家の事しかしない専業主婦は嫌だし無能でお気楽な存在にしか見えなかった。
でも、実際には私も結婚して子供が生まれてからは家庭に入り、下の子が幼稚園に入るくらいの年からアルバイトで仕事をしてキャリアを模索することとなった。
そして、一度正社員を辞めるとなかなか他社で正社員として復帰するのは難しいとか、子育てとフルタイムの両立は非現実的で到底自分にはできないと感じる日々だった。それを実現するにはハードルがありすぎた。
だから理想と現実の乖離の中で、今できる範囲でトライし自分の得意なこと好きなことを探す旅となった。
初めはメーカー→会計の世界へと飛び込むことを思い描いて資格を取って動いていたが、専業主婦で子育てしていた時に教育の素晴らしさに気づき、お世話になった幼児教室でアルバイトを始めた。すると自分の直近の経験を生かせるし、年齢を重ねるほどベテランとして重宝される業界だと気づいた。体力的にはキツイけど、何より子供が可愛く面白い。気づけば勤めて4年を過ぎていた。
ただそこにコロナ禍が重なった。
感染対策がとにかく大変で、マスク・フェイスガード・アルコール消毒に夏場の窓開け授業、職員室のクラスター感染と神経尖らせ疲れて続けられなくなった。
そして、このブログの最初の方にある3ヶ月で辞めた会社への転職(事務職)と繋がる。
色んな業界に足を踏み入れ、社会勉強にはなったが、どれも長続きできなかったことが自己肯定感を引き下げてしまった。
うつの入り口を彷徨い、凹んで泣いて考えて考えて。。紆余曲折をへて、最近になり元の幼児教室に復帰することが決まった。
もう一度、教育現場で出直しだ!!!
色々ありすぎて心のエネルギーは減ってしまっているから、始めは頑張りすぎず、少しずつ感覚を取り戻していきたいと思う。うつの原因はいくつかの複合によるものだろうけれど、その一つが仕事環境だったので、何とかここから立て直して自分を光らせてやりたい。
航路を変える
5月末に会計事務所を辞めて、6月は一度休むことにしました。
せっかく入った職場で自分の持っている資格を生かして働くことができたのに、なぜ続けられなかったのか…
理由を3つ思いつく順に書いてみる。
①所長が人格的に尊敬できない人だった
(お客にだけ笑顔。社員に対しては向こうが話しかけたい時だけ愛想が良く、ふだんは挨拶も相手の目を見てしないし声もほぼ聞こえない小声、ありがとうも言えない、職場で皆の業務時間に寝ることがある、気に入らないアルバイトの時給を下げ出勤日を減らして退職に追い込む等)
②事務所内の人間関係が希薄で業務上の質問がしにくい上に新しい業務がどんどん増えた
③離職率の高い職場で、お昼休みは女性たちだけ会議室にお弁当持参で集まりテレビを見ながら会話するが、古株1人とその他の新入社員間がギクシャクしていて気持ちが悪かった
そんな環境で9:30-17:30で働いていると、もうロボットとなりパソコン入力だけしっかりやればいい状況で心が死んでいくと思った。
やっぱり人間関係が一番大きいな…
簿記の資格を生かして頑張りたいと思ったし、しばらくは修行だから多少の違和感は無視してせっせと働くのみと自分を励まし続けたんだけれど。
でも心と体は繋がっていて、体調に出るようになってから「ここに長くはいられないな」と考え始めて、勤めて9ヶ月目の末に面談で意志を伝えて10ヶ月末で退職。
長続きできなかった悔しさと、納得いかなかった職場でされた自分への扱いについてのモヤモヤで、肌荒れはさらにひどくなり鏡を見るたびガッカリする5月末〜6月中旬だった。
落ち込んで、落ち込んで、泣いて、辛かった。
家族に話を聞いてもらって、ハローワークの人に断片的に話して、ちょっとずつ時間をかけて回復を待つしかなかった。
また鬱の波が静かにやってきた
しばらく会計事務所の仕事を続けてきたけれど、やっぱり合わないと感じてきた。
仕事内容としては主に会計データ入力をし、時々電話・接客応対、ファイル作業などを行う。これ自体は自分の細かな性格がマッチして、大きなミスなくできるようになってきたし入力のスピードも当初より上がってきたと感じる。不得意ではない。
でも、とにかく静かな職場。昼休み以外は9:30〜17:30までほぼ雑談せずに皆働く。カタカタカタカタ…隣の席の人は特にパソコン速打ちで一心不乱に画面を凝視している。
ラジオでもかかっていればなぁ〜と思うけど、パートの身でそれは言えないので心の中で音楽をかけるか、考え事しながら作業する。
そうすると、だんだん集団でいるのに孤独感が増してくるし、昼休みの会話が盛り上がったとしても前後の時間とのギャップが逆に気持ち悪く思えてくる。私は前職で他の事務職も経験しているけれど、ここまで静かなのは初めて。
そして、所長が社員を大事にしていないと感じる場面も多々見受けられた。そういうことが積み重なると、仕事内容に不満はなくても徐々に仕事に行く意欲が下がってきた。雇用してもらえたことへの感謝や、パワハラ・モラハラは無く清潔感がある仕事場ではあるので不満ばかり言うのは身勝手な気もしている。でも、9ヵ月モヤモヤしながら働き続けてきて、やっぱりやっぱり気持ち悪い職場だと確信した。心が不健康になる。このまま続けたら魂が死ぬ。資格の勉強をしてステップアップを狙うことも考えたけど、とにかくここで長く働くことは難しい。
体調にも異変が出てきたので、理由をつけて退職を願い出ることとなった。
長く続けられないことへの罪悪感、自分のキャパシティの狭さを責める気持ち、次になにをしたら良いか悩む等、今の職場を離れられる解放感と裏腹にネガティブな感情も生まれて心がピンチになってきてしまった。
子供達のことも色々と心配事があって、考え出すとキリがない!!
お笑い芸人のYouTubeや映画鑑賞で気持ちを紛らしたり、日記を書いたり、休みの日は昼寝をして、自分自身のエナジーチャージをしてるところです。
健康になるには
昨日、子供が宿題用に図書館で本を借りる用事があり私も同行した。
なんとなくブラブラ館内を歩いていたら、返却されたばかりの本のラックに「医者と薬に頼らずに自分の力で病気を治す」というタイトルを見つけて借りてみた。
愛知県のホメオスタシー総合臨床家という肩書きの著者が、気功法・整体法・自然免疫療法などをもとに多くの人の治療にあたって感じたことを書いた本。2010年発行の少し古いものだが、読み進めるとなるほどと思える箇所がいくつかあった。
「心こそが病気、健康ということのみならず人生の幸・不幸を決定する最大の要素」
「人の心が、愛とか慈しみとか、感謝の念をもつと、持った分だけ瞬間に波動(気)が変わる」
「自分のインナーチャイルドを慈しむ」
「どんどん好きなこと、やりたいこと、ワクワクするようなことを遠慮なくやっていく」
「(重症な時以外は)自分の病気(ケガ)は重いんだと考えすぎない」
「なりたい自分を断定的な表現で紙に書く、そして声に出してハッキリ言う。」それを月に一度して、あとは放っておくと潜在意識が変えられる。
なるほどなぁ。
薬になるべく頼らずに生きていけるよう、取り入れられる所は真似していきたいと思った。
週3回と4回の違い
今の仕事に就いて8ヶ月が経った。
今年に入って所長から週4回勤務を頼まれた。
「はい、やってみます」と答えたものの、いざ出勤日をGoogleカレンダーに入れてみると、月水金の3回から一日増やすと3連勤になることが分かった。一日行ったら次の日休むことができた週3回勤務が、急に連勤となるとかなりキツい。
しかも9:30〜17:30でランチタイム以外はほとんど私語のない職場でひたすら入力。(もしくは新しいことを習う)たまに受電や来客があればお茶出しも仕事だから声を出すが、ほとんど黙って作業する事務職なので、まるで機械のような働き方。
この年で雇ってもらえたことに感謝しなければならないが、週4回にしてから急に精神的に辛くなって体調にも異変が出てきた。
明日を考えると憂鬱。夜寝つきにくい。
ピルで止めているはずなのに不正出血が起こる。
「無理しない」ことが大事と心療内科で聞いているしと思い、意を決して所長に言えたのは
「ハッピーマンデーの週の4連勤はどうしても辛いので一日お休みを挟ませてください」
だった。オーケーもらえてホッとしたが、いずれ週5回勤務を望んでいた所長の期待値には至らない可能性大と伝えたようなもの。
居心地はあんまり良くない…かな。
でも、自分を守るためだから仕方ない!と自身で慰める。
家族も私のこと心配しているから、笑顔になるにはどうしたらいい?を大事にしたい!